七夕日記★織り姫と彦星のはなし
2007年夏
母が逝った。

私の生家は決して豊かではないが
貧しくもないごく普通の勤め人の家庭であったが
母はとても変った女性だった。
自分の産んだ娘たちには関心が持てなかったらしく
いわゆる女の子の祝い事である
ひな祭りや七五三や成人式であるとか
それはおろか、誕生日のお祝いやクリスマスなど
まったく祝ってはもらえなかった。

祝い事だけではなく
私と姉は、母から例えば髪を結ってもらったり
風呂で身体を洗ってもらったりした記憶がまるでない。
歯磨きやトイレの始末などは幼稚園や学校で
他の級友がやっていることを見て覚えた。

洋服はいつもよれよれで穴があき
首の周りは垢だらけ
今思えばとても薄汚い子供だったのだろうなと思う。

まあ要するに
食べさせて学校には行かせてやるから
あとは勝手に生きていけよ的な母親だったので
おかげ様で自立心だけは身につき
こうして生きているのだから
その点ではありがたいと思わなければいけないのかもしれないが
あたりまえのことだが愛情には飢えて育った。

そんな母が逝ったのだから
私も姉も涙の一滴も出るはずもなく
母が逝く2ヶ月前から計画をたてていたベルギー&オランダ旅行を
取り止めようとも思わずに
あたふたと葬儀をすませ、とっとと出かけてしまった。

姉と二人でベルギーの街、
ブルージュやゲント、ブリュッセルを
「わあ!きれいね。」
「なんていいところなの」などと
夢中で観てまわり
帰国の2日前に立ち寄ったオランダの風車のある街の
運河の畔のカフェテラスで
二人とも忘れていた振りをしていたのだろう。
思い出したように母の話になった。

凄い人だったよ。
自分だけが着飾って
自分だけが美味しいものを食べていたような人だった。
けれどあれが私たちの母親なんだからと
涙もでないけど、
産んでもらったことには感謝をしなければ。
けれど私たち二人は愛情に飢えているのだけは確かだと。

だから、人からは『これでもか』と言う程の愛情を
示してもらいたいのだと。
だから、『これでもか』と言う程の愛情を示してくれる
犬が可愛くて仕方がないのだと。
お互いの傷口を舐め合うように
風車の羽がゆっくり休まずにまわるのを眺めながら
長い時間、テラスで佇んでいた。

母の死を悼む振りをしながら
お互いの胸の痛みを分け合っていた。
日本にいたならばこんな時間は持てなかったかもしれないね。
思い切って出て来て良かったねと語り合いながら
私たちはいつまでも
絶え間なくまわる風車の羽を眺めながら
柔らな風を頬に感じ、
痛みを風がさらってくれればいいと願いながら
時の流れに身を任せていた。
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